2532 ▼シニアライフに + 遊び心を ( 初歩の競馬編 ) 26

■ 先週の土日開催の競馬場入場者。 天皇賞もあり、レースもたいへん素晴らしかった。 だが、・・・・・。

競馬場入場者が年々減少している(分かっていることだが、売得金も然り)。TV中継もネット競馬も無かった昔、競馬を楽しむには競馬場に行くしかなかった。ラジオの実況中継もありませんでした。

「日本短波放送」が開局したのは1954年。そのラジオ実況放送が本格化したのは1956年の10月です。 日本短波放送、なんて聞いても、今の人たちにはピンと来ないかも(笑)。 ※いまは「ラジオたんぱ」から「ラジオNIKKEI」になってます。

競馬資金が少なくなると、最終レースを待たずに競馬場から府中本町の飲み屋街に直行しました。そこで馬友たちと酒を飲みながら、レース回顧したり、反省したり、タラ・レバの話で盛り上がってました。

そんなとき、店のラジオから最終レースの実況中継が流れる。残りの資金で買った枠連馬券を片手にラジオに向かって大声をあげたもんです(笑)。いやぁ、楽しい時代でした。

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先日、G1前日の<打ち上げ花火>の話をしましたが、超高配当で景気づけした割りには競馬場へ足を運んだ人は少なかったようです。まずは、前日の打ち上げ花火の超高配当をみてみましょう。


新潟競馬場 7R サラ系3歳上500万下 芝左外 1800m 18頭
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新潟競馬場 8R サラ系3歳上500万下 ダート左 1200m 15頭

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そうまでして盛り上げても、日曜日の競馬場入場者数は下表の如し。まぁなんと寂しいことでしょう。信じられません。3競馬場の人数を足しても、12万人にも満たない数。東京競馬のG1レースともなれば、以前は12万人もの観衆が詰め掛けたんです・・・。


東京競馬場
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京都競馬場
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新潟競馬場
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因みに、新潟8RのRFCデータはこうでした。これははっきり言って獲れません(笑)。

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(掲載写真は東京競馬場の西口飲食街)

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2012.10.29



2012.11.01  天声人語

千年近くも昔、たいそう読書好きの少女がいた。世は平安時代、書物は希少だ。少女は等身大の仏像を造り「あるだけの物語を全部読みたい」とひたすら願う。菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)と呼ばれる人で、その「更級(さらしな)日記」に愛書ぶりが詳しい
▼上洛(じょうらく)し、憧れの源氏物語を全巻もらうと天にも昇る心地になる。「間仕切りの中に伏して一冊ずつ読む喜びといったら、后(きさき)の位も比ではない」と書き、「昼はずっと、夜は目の覚めている限り、灯を近くにともして」読みふけった。そんな少女が、喜んでいよう
▼今年から、11月1日が「古典の日」になった。1008(寛弘5)年のこの日、源氏物語をめぐる記述が「紫式部日記」に初めて出てくる。それにちなんで法律で定めた。読書週間のほぼ真ん中、翌々日は文化の日と、日取りはいい
▼文学の古典ばかりではない。音楽、美術、伝統芸能などを広くとらえて、歳月に朽ちない輝きに親しむ趣旨だという。汲(く)めども尽きない泉なのに、飲まず嫌いはもったいない
▼とはいっても、とっつきにくいのが古典というもの。「桐壺(きりつぼ)源氏」という言葉があって、源氏物語を読み始めたが冒頭の「桐壺」の巻で投げ出すことを冷やかして言う。せっかくの日を尻すぼみにさせないために、親しみ、楽しむ工夫が大事になる
▼源氏よりは通読者が多いだろう「徒然草」が言っている。〈ひとり、燈(ともしび)のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる〉。古典の醍醐味(だいごみ)を、古典が教えてくれる。

2012.11.02  天声人語

手前味噌(みそ)めいてしまうが、朝日小学生新聞がなかなかおもしろい。硬派のニュースも結構あり、先日は1面トップで震災の復興予算を取り上げていた。直接関係のない事業にも使われてやり玉にあがっている問題だ
▼奇妙さは子どもにもわかりやすい。文房具を買うのにもらったお金でお菓子を買う。それはまずいと誰でも思う。おかしな言い訳をすれば親の怒りに油を注ぐことも想像がつく。だが悲しいことに、日本の政と官の現実である
▼反捕鯨団体の妨害活動への対策(農水省)やら、国立競技場の補修(文科省)やら、えっと驚くのが色々ある。法務省は受刑者の訓練用にショベルカーを購入していた
▼言い訳に「受刑者の7割が被災地での就労を希望している」とアンケート結果を示した。ところがそれは、問題になってから慌てて実施したというから呆(あき)れる。法の元締が下手な「アリバイ作り」をやってどうする▼それもこれも、もとはといえば復興基本法が文言(もんごん)巧みに「流用」を認めているためだ。政治家をラッセル車にして霞が関は省益を図り、血税という蜜壺(みつつぼ)に巧妙にストローを突っ込む。共存共栄の体質は、国家的な危機にも変わらないらしい
▼そして、より大きい蜜壺にも舌なめずりの目が光る。消費増税は財政再建と社会保障のためだったはずが、抜け目ない付則が加わって、諸々(もろもろ)の事業が割り込む気配だ。大借金をゆくゆく背負うのは小学生新聞の読者世代。未来からの怨嗟(えんさ)の声は、加齢による空耳ではない。
by alleysan | 2012-10-31 17:16 | 競馬 | Comments(0)


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